2017年04月11日

4月11日

今日は冷たい雨です。午前中は参議院国土交通委員会にて公明党の新妻英規議員よりのご質問に答弁。温暖化に伴い北極海の氷の融解により生じる航路の将来性、ロシア沿岸である故の外交的取り組みについて。
衆参では委員会のルールや雰囲気も結構違います。やはり参議院は元貴族院らしい重厚感を感じます。午後は本会議です。

先の選挙で再任された国連のIAEA(国際原子力機関)の天野事務局長が政務官室にお越しになりました。
北朝鮮対応に加え、わが国の目指す核兵器なき世界への道のりにも不可欠な人材です。引き続き重任を担って頂けることに感謝です。
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2017年04月10日

4月10日

衆議院決算行政監視委員会。G7出席中の岸田大臣に変わり、公明党の吉田宣弘議員の質問を10問を私と担当部局、そして法務省で答弁させて頂きました。
吉田議員には外務省の「地方を世界へ」プロジェクトを応援頂き、また岸田大臣の平和、草の根外交への思いもお伝えできる機会も頂きました。
感謝申し上げます。

3月まで県の副知事をお勤め頂いた、国土交通省大臣官房地方課の 内田 欽也課長が政務官室にお越しになりました。行動派で県内でも大変人気のある方でした。
地方整備局などを所管する重要な役割です。新任地でのご活躍をご期待申し上げます。

かつて録画していたNHK宮崎放送局制作のドラマ『命のあしあと』を政務官室で外務省の職員数人に来てもらって視聴しました。
口蹄疫のときの私達の思いや葛藤が見事に描かれており、改めて当時のことを思い出しました。
そのとき県議であった私個人にとりましても、民主党政権(当時)の発災初期対応の歪んだ政治主導と稚拙な対応が初期の対応を遅らせ、みるみるうちに被害が拡大していったことは、自分自身を国政に駆り立てた大きな要因の一つでもありました。
特に鳩山総理(当時)が混乱の最中の宮崎に来たものの、空港から県庁に来て東国原知事(当時)とたった40分会談しそのまま空港から帰りました。巷の話題は戻りの機内での弁当のおかずがどうとかという有様。極め付けには「全力で対応する」と言いながら翌日に辞任したことには、万腔の怒りを感じました。
政治の劣化がいかに罪深いかを識る意味でも(もちろん下野に至ったわが党の自戒も含め)、この災厄のことは決して風化させてはならないと思っています。
その上でなぜこのドラマを外務省で視聴することにしたかといいますと、現在交渉中の、とある国(米国やEUではありません)との通商協議の過程の中で気になる点があったからであり、私としての思いがあってこのドラマを見てもらいました。
外交交渉はもちろんお互いの妥協点を見出す努力の結実です。しかしその先には、人々の暮らしがあり、その人々が守る美しい日本の山河があります。
そんな"体温"を伝えること、この外務省に私達選挙で選ばれた者が政務としていることは、そのようなことを伝えることも役割の一つであろうと私は思っています。
もうすぐあの禍々(まがまが)しい口蹄疫から7年になります。改めて日本の畜産を守るために犠牲になった30万頭の牛豚の魂の安らかならんことを祈ります。
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2017年04月09日

4月9日

早朝に鹿児島を出発し一路えびの市に。陸上自衛隊えびの駐屯地の「第24普通科連隊自衛官候補生入隊式」に。村岡えびの市長他多くの来賓の皆様とともに出席。
昨今の就職状況の変化に伴い、一昨年は255名、昨年は188名、そして今年は139名と推移しています。しかし挨拶でも申し上げましたが、その中で国を護る自衛官を選択頂いたことには、国政を一端を預かる者として本人そして保護者の皆さんに心から感謝と敬意の思いです。
本日は同時刻に宮崎空港横の赤江飛行場特攻慰霊祭が開催され、どちらかの選択でした。赤江は地元であり申し訳ない思いもありますが、これからのわが国の護りを担う候補生への激励であり、ご英霊にもご寛恕(かんじょ)賜ればと願うところです。
また3ヶ月後、凛々しい姿で訓練を終えた姿に出会うのを楽しみにしております。

宮崎もようやく花満開。田野町では古くからこの時期に公民館単位で敬老花見会が開催されます。
山の幸、手づくりのごちそうが並びます。
しかし、桜、一気に来ましたね。

出発前に空港で開催された「宮崎航空少年団」入団式に。8名が新入団。なかなか制服もかっこいい!
空はいつも私たちに夢とロマンを与えてくれます。先輩、お友達と仲良く楽しく学び、そして将来も空を支える人材になることを目指して楽しく頑張って下さい、とごあいさつ。応援しています!

沖縄そばも食べずに、慌ただしく帰途に。
今朝からどこをどう移動してここに来たのか、振り返りつつ最終便で羽田空港に。夥(おびただ)しい人たちが訪れたであろうこの場所もがらんと。
楽天にいたとき、毎週末金曜日は大阪出張で、9時になんばを出て関空から最終便で帰るのが常でした。そんな頃を思い出しながら帰途へ。
明日は午前中から委員会答弁です。
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