2015年08月03日

8月3日

今朝広島のホテルで朝食を摂りながらの、聞くとなく聞こえてきたこれから市内観光をするという外国人(たぶんアメリカ人)の会話を思い出しておりました。
断片的に聞こえてきた、彼らの原爆ドームの写真を見ながらの会話について。
その上で感じることがありました。
アメリカでは「原爆が戦争終結を早めた」という議論は根強くありますし、1995年にキノコ雲をデザインした切手がアメリカで発行されようとしたとき取られたアンケートでも、6割のアメリカ国民がそのような認識を持っているとされました。(原爆切手発行問題)
確かに私も昨年スミソニアン博物館に行きましたが、投下した「エノラゲイ」が目立つところに展示してあります。
原爆投下と戦争終結の関係について、史実の検証としては、当時すでにドイツの降伏もありましたし、様々な説があるのは事実です。
しかし私達日本人としてはこれは原爆投下の正当性を認めることに繋がり、唯一の被爆国として絶対に認めることはできません。ここは多くの日本人の皆さんに共有して頂けるのではないかと思います。
そして、ホテルの窓から再開発の進む広島駅周辺、そして遥か向こうの宇品港と島々に向かう連絡船、朝日に照らされる瀬戸内海を見ながら考えるのでありました。
最近、一部メディアやネットの世界で、日韓併合前後の写真をあげて、まるでそれが正しかったかの如きものが目に付きます。残念ながら、このような考え方は歴史修正主義と断ぜざるを得ません。
確かに日本が朝鮮半島のインフラ整備に尽力したのは事実ですし、私の曽祖父の弟の武井友貞も現在の北朝鮮にあたる咸鏡北道(ハムギョンブクト)の初代長官として赴任し、寒冷地を苦労して経営をしたようです。
しかし当時の日本が世界的な植民地支配の流れの中、そして一部現地にそれを望んだ人がいたとしても、朝鮮王朝を廃して韓国併合を行ったことは厳然たる事実です。
韓国では「日帝支配36年」といい、昨年訪問した韓国の独立紀年館では日本統治中の「三・一独立運動」にかなり多くのスペースが割かれていました。
日本人として思いはありましたが、占領された側として、それを絶対に正当化できないという意識は理解できました。
私達日本人は、日本人である以上、絶対に原爆投下は正当化できませんし、それはそうでなければならないのです。であるならば、日韓併合も韓国人にとってはそうしたものであることに、思いを致さねばならないと私は思いますが、いかがでしょうか。
人も国も、やった側とやられた側は全く認識は違いますし、やった側は忘れるかそれを正当化しようとします。これはいってみれば"性"(さが)です。
それを踏まえた上で、もちろん外交上言うべきことには毅然と臨まなければなりませんが、わが国はやった側でもやられた側でもあるのであり、それぞれ相手がどのようなメンタリティで動くかは理解できるはずです。
それを踏まえた上で、感情的な違和感は超えて前に進んでいく。
少なくとも私達与党の政治家は、そうあらねばならない。
改めてそう感じる夏の夜。平和を考える8月です。
posted by たけい俊輔 at 00:00 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする