2015年08月16日

8月16日

桜島の噴火警報について、行政や顧問をしている南九州観光誘客促進連合など関係者と意見交換。
避難の対応があるのは桜島島内であり、鹿児島市内や指宿、霧島、大隅半島などは影響ありません。
先日の調査した箱根でも感じましたが、火山に係る風評被害は難しく長期化するものがあります。
南九州の観光は一体的でありますので、広報対応も含め状況を見ながら地元の先生方とともに取り組んで参ります。

事務作業をしながら、首都圏以外で放送されている、「〜委員会」なる番組を見ました。
内容への論評は致しませんが、外務省や外交官を酷評していた点については強い違和感があります。
海外に出ますと、外交官の皆さんにお世話になったり、様々な話を致します。
その中でいつも彼ら(もちろん女性もいますが)が如何に国益のため、様々な厳しい環境で懸命に働いておられるかを実感します。
過去の検証はもちろんあって然るべきですが、それを以って現在も含めた全体を否定するのは間違いです。
世界において国益を代表する組織を国民が貶すようなことになれば士気に関わるだけではなく、結果としてわが国のためになりません。
良く"美しい日本"などと発言される方々ですが、発言は本当にそれに叶っているのか、矛盾も感じます。
いずれにしても、改めて自分自身も含め、自戒したいものです。

市ヶ谷にある宮崎県東京学生寮の「元寮生の集い」に。
上京し初めて住んだのがこの学生寮で、当時の寮監で県職員の甲斐正光さんには大変お世話になりました。
今日の集いも甲斐さんの尽力で実現。乾杯のご挨拶でも申し上げましたが、人の繋がり、責任を負う世代として、ご縁を大切にして参ります。
同じく元寮生であった俳優の堺雅人さんからもメッセージが来ておりました。丁寧な内容で人柄が伝わってきました。
残念ですが中座して、これから明日からの台湾訪問に備え、上京です。

Uターンでごった返す宮崎空港。多くの方にお会いしますが、普段は厳しい感じの方もお孫さんとのお別れでは優しいおじいちゃんだったりと違う一面がみえて微笑ましいシーンも。
雲は厚かったのですが、切れ間から大きな船がみえました。たぶん油津港に来ていたクルーズ船と思われます。日南市をはじめ関係各位のご努力に心から敬意を表します。
機内音楽で懐かしいPUFFYの「渚にまつわるエトセトラ」が。宮崎交通に入った最初の年、広告宣伝課で担当した青島海水浴場の海開きでガイドさん達に踊ってもらったのを思い出しました。
私にとってはこどものくにの「納涼バス」と並ぶ夏の懐かしい思い出です。
明日からお仕事という方も多いかと思います。私もお盆モードも切り替えて頑張ります。

先輩代議士から読んだ方がいいとお勧め頂き、慌てて飛行機に乗る前に買って読んだ読売新聞の元国連事務次長の明石康さんのインタビュー。
ボスニア紛争時、人道目的の空爆という、戦後日本人で最も厳しい決断をした人の一人といえます。なればこそ、発言には実に重みがあります。
明石さんは、いわゆる"昭和ヒトケタ世代"といわれる終戦時児童生徒だった世代です。この世代は終戦時の教師や大人の"豹変"ぶりを最も敏感に感じ取った世代です。
その中で、実に過去にも誠実に向き合い、バランス感覚に溢れた内容でした。
まさに"良質な保守"の流れを感じます。ぜひ一度お話を聞いてみたいものです。
posted by たけい俊輔 at 00:00 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月15日

終戦70周年臨時大祭・県護国神社御創建60周年祭

県護国神社において開催された「終戦70周年臨時大祭・県護国神社御創建60周年祭」に。
今年は外でラジオで日本武道館とともに黙祷を行い、天皇陛下のおことばを拝聴しました。70年前も同じように多くの皆様がラジオの前におられたのだと、その日を偲びます。
天皇陛下からは、「さきの大戦に対する深い反省」とのおことばがありました。
昨日の安倍総理談話と併せ、陛下のこのおことばも深く心に留めて、未来に向けて歩んで参らなければなりません。70年目の夏です。

戦後70年、昨日の安倍総理談話、本日の戦没者追悼式での天皇陛下のおことばに思いを致しながらの街頭演説。
宮崎インター入口近くという県外車も多い場所でしたが、その方々も含め暖かいご声援を頂きました。感謝申し上げます。

posted by たけい俊輔 at 16:38 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月14日

戦後70年の安倍談話

安倍総理より、戦後70年の安倍談話が発出されました。
反省など過去の談話の主要部分は踏襲され、「戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはない」と言及されるなど内容は穏当なものであり、独立への感謝の部分も含め諸外国にもよく配慮されたものであったと思います。
「その上で、あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。」との言葉は極めてインパクトがありました。しかしこの言葉はそれに続く「しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。」の部分までが"セット"になっていることを認識しなければなりません。
すなわち、決して過去を断ち切るとか開き直るということではなく、冒頭のように過去を踏まえた上で未来志向で歩むという意味で、重要なことである思います。
その後NHKのニュースに出演した安倍総理が「全体をみて欲しい」という旨を言われておりました。
確かにキーワードも重要ですが、大事なことはそれぞれが自分の主張に沿う部分だけ切り出したりせず、大意として感じるものを受け止めることであると思います。
私たちは、過去に真摯に、一部にみられる行き過ぎたナショナリズムとも一線を引き、尊大になることなく、一方で主張すべきことは主張する。
そのような国を作っていくにおいても、今回の安倍談話はその礎になり得るものであると思います。
明日、天皇陛下からも、おことばが述べられます。それも併せて平和への思いと決意を深めて参りたいと思います。


談話につきましては、新聞などからコメントも求められておりますので、よく読んでまた書きたいと思います。
今夜は護国神社におきまして「御神灯奉献奉告祭」に。
お祭りの後、杉田宮司から、70年前のこの14日がいかに激動の1日であったか、お話がありました。
70年前のいまこの時間、昭和天皇がいかなる思いでおわしたか。改めて思いを致す夜です。
posted by たけい俊輔 at 00:00 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする