2012年05月19日

未来を謳う 沖縄 02

2日目、レンタカーを借りまして那覇市を一路北へ。

宜野湾市役所を訪問、佐喜真淳市長にお会いしました。佐喜真市長といえば2月の宜野湾市長選挙で沖縄防衛局長の"講話"問題などの逆風を乗り越え、知事選にも出た元市長を破り保守系として市長に就任された方です。

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元旅行会社勤務、元県議と経歴が似ていることもありざっくばらんにお話頂きました。まず市長は宜野湾市の地図を広げられます。
確かに街のど真ん中に巨大な基地が横たわっています。宮崎でいえば橘通あたりに空港があるようなものです。

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危険であることに加え、都市計画上にも大きな障害になっていることがわかります。その後、市役所の屋上に上がり、職員の方からもご説明頂いたのですが、結果として人口密度が東京より多くなってること、消防署も結果として3つ置かなければならなくなっていることなど、基地があるがゆえに進まない街づくりがあるのは厳然とした事実です。

しかし一方で現実の市民の生活向上に取り組むのも市長の役割です。
これは那覇市の方からよく聞いた話ですが、例えばニュースなどでいつも取り上げられれる基地に隣接する普天間第二小学校についても、移転の話が何度もあったそうです。しかし"シンボル"を失うことになる革新陣営が反対し、結果として危険なところに子供が留まり続けるという現実になっています。

理念と現実、そして政治運動、それを切り分ける。佐喜真市長が就任することで最も重要な市民生活の向上と市民が将来に希望を抱ける、その道のりがスタートしたのだと改めて感じました。

しかしやはりこの街の中に基地がある現実は、私達"ヤマトンチュー"(沖縄の人がいう本土の人のこと)が基地問題をどう捉えるかを考える必要を改めて感じます。
佐喜真市長も「日米安保が必要だ、と政治家も言いますが、それは沖縄だけが担うことなのか、という思いは本土の皆さんにも分かってほしい。」と言われます。

まさにその通りです。沖縄以外への移転の話が出ますと、あっという間に立ち消えになります。それは沖縄の人にとっては非常に差別的に映ります。

もちろん米軍側の戦略もあります。それも踏まえて、国内でどうシェアしていくか、現在のがれきの問題にも通じるのですが、それを真剣に考える機会を作り続けていくこと、これも私も含めた保守政治の役割です。
このような沖縄の声をぜひ宮崎の皆さんにも聴いて頂きたい、そのような場を私も作っていきたいと思います。

復帰40年、様々な矛盾と現実を抱えながら島があります。確かに報道がいうほど左翼的な動きが強いということではありません。
しかし日米安保という日本の果実が沖縄の犠牲によって成り立っていること、少なくともその事実への認識がヤマトンチューへの複雑な思いになっているのは事実です。

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那覇市のモノレール「ゆいレール」にこの40周年のテーマが掲示してありました。「未来を謳(うた)う
、沖縄。」。私も復帰っ子の代表である国場幸之助支部長とともに、ヤマトンチューの一人として何を考え、知っていかなければならないか、共に謳う立場として訴え続けて参ります。
posted by たけい俊輔 at 10:24 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月18日

未来を謳う 沖縄 01

1泊2日強行軍で沖縄に行ってきました。
主な目的は同級生であり盟友である沖縄1区の国場幸之助支部長の応援だったのですが、本土復帰40年。様々なことに触れることのできた本当に充実した日程でした。

修学旅行生で活気あふれる那覇空港を離れ、国場支部長の励ます会の会場へ。沖縄は県議会議員選挙の真っ最中で、那覇市区の自民党議員の皆さんが相次いで挨拶され、さしずめ合同決起集会の様相です。名前をカタカナで染め抜いた派手な旗がたなびく沖縄らしい選挙です。

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しかし自民党が3分の2を占める宮崎などとは違い、仲井眞弘多知事を支える与党が自民党と公明党とで過半数になるかということが争点です。「保守系無所属」「革新系無所属」といった他県ではほぼ"死語"になった言葉も使われ、宮崎などとはだいぶ違った選挙構図です。

来賓の古賀誠、岸田文雄両代議士、県議予定候補のご挨拶の後、私もお話させて頂きました。
その後、国場支部長からのあいさつがありました。その中で「私たち"復帰っ子"は〜」という言葉が出てきました。
沖縄復帰40年、39歳の国場支部長の世代は復帰したときに生まれた世代で、それが"復帰っ子"と呼ばれています。私たち沖縄返還を肌感覚で知らない世代がこのように第一線に立つ時代になりました。

民主党政権の無策は措いたとしても、沖縄は常に基地問題が政治のテーマとなり、対立軸となってきました。沖縄に基地が存在するという現実の中、創設された一括交付金などをどう有効に有意義に活用して県民生活の向上を図っていくか、長いモノサシを意識しながらも現実への対応を重視していく、民主党政権への信頼が完璧に(少なくとも沖縄では)地に堕ちたいま、自民党だからできる役割は大きなものがあります。

国場支部長は沖縄県議出身でそのバランス感覚もあります。本当に素晴らしい政治家が沖縄1区から立つことをうれしく思います。

政治は、特に国政はどの政党の理念に賛同し、どの立ち位置に立つかということです。改めて自民党の役割、使命を実感し、共に歩みながら進んで参ります。
posted by たけい俊輔 at 09:44 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月15日

コバノセンナ

可能な限り参加しております「コバノセンナを育てる会」の作業に伺いました。
これは宮崎市と日南市の境目の「いるか岬」周辺のコバノセンナの植栽にかかる作業で、今回は除草と腐葉土の追加による土づくりが主な内容となりました。

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県、宮崎市及び宮崎交通とそのOBの皆さんが主に参加しているのですが、このような形で岩切章太郎の「日南海岸を黄金海岸にする」という思いを皆さんが支え続けていることは本当に頭が下がります。
岩切のいう「自然の美、人工の美、人情の美」。まさにここには、そしてこの作業にはそれが凝縮しているように感じます。

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ここで作業をしておりますと、いるか岬独特の三角波が「鬼の洗濯板」に突き当たる独特の潮騒が聞こえます。
この思いを、この時間を大事にこれからも作業にさんかして参りたいと思います。
posted by たけい俊輔 at 09:39 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする