宜野湾市役所を訪問、佐喜真淳市長にお会いしました。佐喜真市長といえば2月の宜野湾市長選挙で沖縄防衛局長の"講話"問題などの逆風を乗り越え、知事選にも出た元市長を破り保守系として市長に就任された方です。
元旅行会社勤務、元県議と経歴が似ていることもありざっくばらんにお話頂きました。まず市長は宜野湾市の地図を広げられます。
確かに街のど真ん中に巨大な基地が横たわっています。宮崎でいえば橘通あたりに空港があるようなものです。
危険であることに加え、都市計画上にも大きな障害になっていることがわかります。その後、市役所の屋上に上がり、職員の方からもご説明頂いたのですが、結果として人口密度が東京より多くなってること、消防署も結果として3つ置かなければならなくなっていることなど、基地があるがゆえに進まない街づくりがあるのは厳然とした事実です。
しかし一方で現実の市民の生活向上に取り組むのも市長の役割です。
これは那覇市の方からよく聞いた話ですが、例えばニュースなどでいつも取り上げられれる基地に隣接する普天間第二小学校についても、移転の話が何度もあったそうです。しかし"シンボル"を失うことになる革新陣営が反対し、結果として危険なところに子供が留まり続けるという現実になっています。
理念と現実、そして政治運動、それを切り分ける。佐喜真市長が就任することで最も重要な市民生活の向上と市民が将来に希望を抱ける、その道のりがスタートしたのだと改めて感じました。
しかしやはりこの街の中に基地がある現実は、私達"ヤマトンチュー"(沖縄の人がいう本土の人のこと)が基地問題をどう捉えるかを考える必要を改めて感じます。
佐喜真市長も「日米安保が必要だ、と政治家も言いますが、それは沖縄だけが担うことなのか、という思いは本土の皆さんにも分かってほしい。」と言われます。
まさにその通りです。沖縄以外への移転の話が出ますと、あっという間に立ち消えになります。それは沖縄の人にとっては非常に差別的に映ります。
もちろん米軍側の戦略もあります。それも踏まえて、国内でどうシェアしていくか、現在のがれきの問題にも通じるのですが、それを真剣に考える機会を作り続けていくこと、これも私も含めた保守政治の役割です。
このような沖縄の声をぜひ宮崎の皆さんにも聴いて頂きたい、そのような場を私も作っていきたいと思います。
復帰40年、様々な矛盾と現実を抱えながら島があります。確かに報道がいうほど左翼的な動きが強いということではありません。
しかし日米安保という日本の果実が沖縄の犠牲によって成り立っていること、少なくともその事実への認識がヤマトンチューへの複雑な思いになっているのは事実です。
那覇市のモノレール「ゆいレール」にこの40周年のテーマが掲示してありました。「未来を謳(うた)う
、沖縄。」。私も復帰っ子の代表である国場幸之助支部長とともに、ヤマトンチューの一人として何を考え、知っていかなければならないか、共に謳う立場として訴え続けて参ります。









