2017年03月25日

3月25日

今朝は羽田空港から。
硫黄島での戦没者慰霊祭に外務省を代表して出席致します。(厚労省からは堀内詔子政務官)
硫黄島までは1時間45分。宮崎までとほぼ同じ時間です。
南海の孤島での激戦に、そして日米双方の戦没者の方々に思いを致しつつ、役割を果たして参ります。

外務省米軍共催の式典、厚労省主催の式典など。
日米の敵味方を超えた友情と思いがここにあること。そしてそれが昨年の安倍総理の米国議会での演説での栗林忠道大将の孫である新藤義孝代議士と、米側で実際に中隊を率い、この合同慰霊祭を実現させたスノーデン元中将(今年2月逝去)との紐帯に繋がりました。
慰霊祭での挨拶で私からスノーデン元中将の逝去を悼み、日米同盟にこの硫黄島が大きな役割を果たしていることをお話致しました。
新藤代議士をはじめとする多くの遺族の皆さん、硫黄島国会議員懇話会の先生方、厚労省、防衛省そして私達外務省の皆さんと意義ある式典が出来ましたことに感謝するとともに、今後も次代に受け継ぐ、仮に政務を離れた後であっても、政治家としてその役割を果たして参りたいと思います。

式典後、硫黄島内の集団埋葬地、兵士が立てこもった壕、そして星条旗が掲げられたことで先の大戦を象徴するシーンとなった摺鉢山にも登りました。
壕の入口にはどこも激しい銃弾の痕があり、そして中はサウナ状態の灼熱さの箇所も。
そして摺鉢山から見える砂浜。まさにここに米軍が海を覆うばかりに上陸し、戦った場所。そのシーンがはっきりと目に浮かびます。まさに72年間、時の止まった場所でした。
最後に飛行機は島を1周し帰路につきました。機内でのクルーの方からの私達も平和の重要さを感じながら一日一日仕事をしたいとの言葉、胸に響きました。
お世話になった全ての皆様に深甚からの感謝を。

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2017年03月24日

3月24日

党の観光立国調査会デービットアトキンソンさんが講師。いま環境省などで進めている「国立公園満喫プロジェクト」について。
1泊30万、40万のホテルを地方にどう作るか、現在人気の出てきたグランピング(上級のホテルに泊まりながらのキャンプ体験)など。
相変わらず頭の切り替えの機会をもらえます。感謝。

48人のJICA(青年海外協力隊)の帰還ボランティアの皆さんへのご挨拶並びに大臣感謝状の贈呈に市ヶ谷のJICA本部に伺いました。
その後懇親会でお一人おひとりと意見交換。民族衣装を身に纏った方も多く、それぞれの皆さんのお話や経験は、厳しいながらも本当に輝いており、ご挨拶でも申し上げたのですが、まさに「草の根外交官」です。
任国での経験を活かし、わが国との架け橋として今後もご活躍頂くことを祈っております。
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2017年03月23日

3月23日

国会は森友学園籠池理事長の証人喚問が注目される一日ですが、私はお濠のそばの千鳥ヶ淵戦没者墓苑に。ミャンマー、ビスマーク諸島、トラック諸島からの遺骨引き渡し式に出席。
国会は喧騒の中ですが、すぐそばのこの場所で、心静かに御霊安からんことを祈ります。

外務省の地方の魅力発信プロジェクト。外務省飯倉公館を活用し他国の大使お招きして開催するこのイベントも10回目になりました。今回は安倍総理の地元である山口県。
村岡県知事をはしめ山口県選出の国会議員のみなさんも揃い賑やかに開催。8人と最も重い総理大臣を輩出した県らしく県出身歴代総理のパネルなども。我らが岸田外務大臣は隣の広島です。
柳井市名産の金魚ちょうちんの作製コーナーなどもあり。外務省としの地方の発信、今後も積極的に取り組んで参ります。

六本木ヒルズでの懇親会。かつてここで勤務していたとき、行き帰りにいつもこの場所からこの巨大なこの森タワーをひと眺めしました。初めて東京で働いたこの場所で、飲み込まれないように、負けないように、と思っていたものです。
そんな日々から10年が経ちました。
立場は変わっても、相変わらず私は大きなものと向かい合う日々です。
熊本県でダム工事に反対し続けた室原知幸という人の言葉を噛み締めます。
「公共事業は理に叶い、法に叶い、情に叶わなければならない」。まさに政治もそのようなものであろうと思います。それを胸に一歩前に。
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